順応って何?

人間が物を見る場合、様々な環境における照明条件で対象を観察しても、ある程度同じような「見え」を得ることができる。たとえば、白色はどの照明で見ても白色として認識することができる。
カメラで撮影する場合、(ホワイトバランスを取らないと)このようにいかず、たとえば、蛍光灯下での撮影では思わぬ緑かぶりをすることになる。(最近のデジタルカメラではオートホワイトバランスで補正されるが、フィルムの時代には良く経験された事象である)人間の目は順応のメカニズムによって色の恒常性を確保することができる。
順応のタイプには主には3つのモードがある。
1) 暗順応
2) 明順応
3) 色順応
 
「暗順応」は、明るい所から暗い映画館の中に入った時のような順応で、順応するまでに時間がかかる。
 
「暗順応」はこの逆で、暗い映画館から外の明るい場所に出てきたときのような順応で、比較的にすぐに順応するけれども、痛みが生じるような順応になる。
 
「色順応」は様々に変化する照明色に対して、できる限り安定した知覚で色を認識できるよう適応する順応の仕組みで、デジタルカメラにおけるオートホワイトバランスのような効果を発揮する。
たとえば、白色光と一口でいっても、Day Light(昼光)だけを取ってみても、色度図上に様々な白色点に取ることができるように時事刻々とその色味が変化している。
 
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色順応はこのような変化に対応し、色の恒常性を確保している。
しかしながら、どんな照明でも、常に同じ色が全く同じに見えるというわけではない。照明の変化はある程度感じ取れる。これは順応の程度が完全に進まず、ある程度のところで止まってしまうからで、カラーアピアランスモデル(CAM)などでは不完全な順応に対してディスカウントレートなどを導入している。
 
色順応式は色順応が働いた際の見えの予測を計算するモデルを提供している。
基本的にはある照明における3刺激値が他の照明に変更された時の3刺激値を予測するモデルを提供する。
 
なぜ、このような色順応予測が必要なのだろうか?
たとえば、同じ広告を雑誌上に掲載する場合と、ビルボードに掲載する場合では想定される照明が初めから異なっている。このような照明の著しく異なる環境でも同等の「見え」を提示する色再現を作成しなければならない。
 
このような見えの一致を得るためのモデル開発は、様々な心理物理学的実験で求められる。
1) 継時観察
2) ハプロスコピック(同時観察)
 などの実験をとおして、様々なモデルが検証され実用化されている。
 
色順応のメカニズムにはセンサーとしての側面と認知処理としての側面が関与している。
認知メカニズムには脳による高次の処理が関与していて、モデル化が難しいとされている。
センサーメカニズムによる順応では、通常、順応が完了するまで60秒ぐらいの時間が必要とされている。この色順応には錐体が大きな役割を担い、色順応モデルではこれをモデル化している。
 

錐体の応答モデル

順応予測の数値モデル化にはJohannes von Kriesが提唱した順応予測式が使用される。
3つの錐体の応答特性(L=長波長, M=中波長, S=短波長)が照明の分光特性に応じて応答特性を変化させるメカニズムをモデル化したものである。
 
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以下のL, M, Sはそれぞれ赤、緑、青に対する生理錐体の応答特性を表わし、順応後の応答特性がα,β,γによって調整されることになる。
 
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α、β、γは照明環境によって決定される調整の係数。

実際の順応には錐体の非線形な応答特性がり、アピアランスモデルのCIECAM02などでは非線形特性にも対応したモデルを提供しているが、ICCなどが使用する通常の色順応モデルでは線形のみに対応している。

色彩値が表すことは、「同じ条件の2つの色彩値が等しい場合、その同じ条件で標準の観察者が観察した場合に2つの色は同じに見える。」ということだけである。
色彩値は色が実際にどんな色をしているかを表していない。つまりアピアランスを数値化したものでは無く、照明条件など条件が異なれば数値が一致しても同じ「見え」になるわけではない。
 
カラーアピアランスモデルでは、このような様々な環境における色の「見え」のマッチングをはかるためのモデルで、色順応予測式はその中の一部として使用され、様々な照明のバリエーション(色味のみ)にわたるカラーマッチを予測する。
i1Profilerではこの色順応予測式により、異なる照明の色味に対応したマッチング計算に対応した補正を組み込んでいる。
 

von Kries の順応予測式

順応による応答特性補正は生理応答LMSに対して適用され、仮想応答プライマリーのCIEXYZに対して適用されるわけではない。このため、CIEXYZの3刺激値から生理答特性へ一度変換してから順応のための補正を適用する必要がある。
 
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補正適用後には、色彩値を算出する必要性から、変換の逆行列により通常の3刺激値CIEXYZに戻す処理を行う。
 
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α、β、γの算出には使用する照明の白色点の情報を使用する。照明の白色点情報は通常CIEXYZで示されているためこれをLMSに変換した後α、β、γの算出計算を行う。
 
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通常M変換としては生理錐体の応答特性への変換としてHPS(Hunt-Pointer-Estevez)使用される。
 
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全体を通した順応予測式は、結局
 
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となる。
この順応予測変換した2つのXYZが一致すれば、その色は2つの異なる照明下においても等しい「見え」(色順応後において)が得られるということになる。
このように、ある照明における色空間を他の照明の色空間に写像する色順応変換をChromatic Adaptation Transform(CAT)といい、いくつかのCATが開発されている。
 

BradfordによるCAT

HPS(Hunt-Pointer-Estevez)では生理錐体の応答特性に変換したが、実際の応答変換では、順応の間にそれぞれの錐体は独立に調整されるのではなく、1つの錐体への刺激が他の錐体を制御したりと、お互いに関連しあった調整を行っている。また、色相と彩度の両方の色恒常性を改善するため、より狭帯域の応答特性へと変換するよう変換マトリックスが調整されている。
この狭帯域化された応答特性は従来の生理応答特性への変換よりも、より試験結果と一致した相関を示すように改善されている。 さらに、CIECAM97sでは、短波長側における非線形変換の対応を行うように改善が施されている。(このため、CIEXYZはYで規格化される) 生理錐体に変換するのではないのでL, M, Sの記号は仕様できないため、代わりにR, G, Bを使用する。
 
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ここで、
βは短波長側の非線形補正係数
Dはディスカウントレート(順応の進み具合によって0(非順応)から1(完全順応)を決定する。)
全体を通した予測式は
 
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となる。
この変換予測はCIECAM97sで使用されている。
 
ディスカウントレートを取らず、常に完全順応を想定し、短波長側の非線形補正を考慮しない場合、von Kriesの基本順応予測式において単にM変換をHunt-Pointer-EstevezからBradfordに置き換えただけとなる。
つまり、
 
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ICCでは、インバースモードによる逆変換の計算を簡単にするために、この線形化されたBradfordによる変換を使用している。
 

ICCでの使用例 (SRGBからPCSへの色順応補正)

sRGBではモニタ白色点としてD65白色点を使用しているため、この色度に色順応することになる。(本来はモニタの順応は非常に複雑で、モニタ周囲の環境光の白色点に順応したり、モニタ白色点と環境照明白色点のミックスしたとろに順応したり、2つの白色点を時々刻々と移ろいだりしていくが、簡単のため、単純にモニタの白色点に順応した場合を考える。(たとえば比較的暗い環境でモニタを観察した場合、モニタ白色点へほぼ完全に色順応すると考えられる。)
 
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D50白色点のBradford変換は、
 
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D65白色点のBradford変換は、
 
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このため、
 
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最終的に
 
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となる。
 

CIECAT02によるCAT

CIEでも線形化された変換の有効性を認識し、CIECAM97sの非線形変換とのコンパチビリティーを最大限に取るように線形変換用のM変換行列を開発し、この変換をCIECAT02とした。von Kriesの基本順応予測式のM変換がCIECAT02に変更されるのみだが、ここでも生理錐体応答に変換するのではないのでL, M, SではなくR, G, Bを使用する。
CIECAT02による変換は、
 
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全体を通したCIECAT02による予測式は、
 
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となる。
 

sharpによるCAT

CGなどイメージ合成においては照明によるレンダリングに依存しない色の構築に関心があり、通常は色の特性としてスペクトラルデータが使用される。sharpened RGBはこのようなレンダリングに使用する目的のRGBとして開発されている。つまり、分光データではデータ量が大きすぎて使用しにくいアプリケーションの場合に使用される。
(BradfordもCIECAT02も一種の狭帯域RGBカラースペースへの変換になっており比較的広い色空間へ変換する。)
このような色空間を使用したイメージ作成では、以下のようなケースで再現色に色かぶりが生じる場合がある。
①BRDF測定時のイルミナントとレンダリング先の照明が異なる場合
②レンダリングシーンの照明と観察環境の照明が異なる場合
このような場合、sharp変換による順応変換が有効である。
 
この場合も同様に
 
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この場合、順応照明は表示の際の照明を意味し、測定照明は測定時のイルミナントを意味する。
 
一般的には、測定データは分光的にフラットな照明でのRGBデータに変換される。
 
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RGBデータはレンダリング時に各照明の色順応に合わせて変換される。
 
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i1ProfilerにおけるCATオプションの選択

i1Profilerでは色順応ためのCATオプションとして以下の4つを用意している。
 
1. Bradford(線形版)
2. CIECAT02
3. Sharp
4. CMCCAT02
 
このうちCMCCAT02に関しては上に説明がないが、他のモデルと同様、生理応答特性よりも狭帯域への応答特性変換で、BradfordとCIECAT02の中間程度の変換となっている。
 
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いずれの場合も、プロファイルの作成時にPCSの基準である白色点色度のD50に対して変換を実施した上でマッチングをはかるようプロファイルが作成されることになる。CATオプションはこの変換時に使用されるM変換の選択肢として使用される。
 
Bradford:ICCが標準に使用するCATで最も広く使用されているCAT。 i1Profilerでもデフォルト設定になっている。Monaco ProfilerでもこのCATが使用されていた。
CIECAT02:ProfileMaker5で使用されていたCATで、PorfileMaker5でD50以外の照明に対応したプロファイルを作成して運用していたユーザーは、このCATを試してみることが推奨される。
sharp:CGなどのアプリケーションに有効とされているが、まだ開発の途上にあるCATである。
 
イメージを観察する環境がD50から大きく外れる場合には、上記の特徴を考慮に入れて色順応方式を選択されたい。
 
 
 
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